御礼がおくれましたが美事な画集を御恵贈下さりありがとうございました。青また淡黒の空間が叙情的なものを浄化し深化しながら深い沈黙の世界に辿り着く、そのほとんど修業といえる道程を眼の前にして教えられるところが多い御本でした。
 小生が知らなかった淡墨での御仕事も心を魅くものがあります。色彩の淡さにもかかわらず甘さがすこしも感じられないのはやはり佐々木さんの形に迫る感覚の嚴しさ、空間造型の確かさに依るものでせう。これは根本的に佐々木さんの精神世界の堅固さを反映しているのだと思いました。難しい青のニューアンスが良く出ていて日本の印刷術はすばらしいですね。
 小生の最近の仕事は光の追求に集中していて、ますます白が大切になってきていますがそれだけに黄、緑、金など写真家泣かせの色調で、それをまた複製にするには全く絶望的です。同封の小カタログで御覧の通りです。この個展は昨年春でしたが広い会場では絵具どうしが干渉して絵具の色をこえた光が漂っていたと自負し、また観る人にも伝わったと思っています。
 九月にパリに帰るとFIAC(パリ現代絵画フェア)で僕の画廊が僕のパリ生活五十年を記念する個展をひらいてくれます。五十年、何をしてきたのかしらん。
 どうか御元気でますます充実した制作生活をお送り下さい。

六月二十六日 於鎌倉 田淵安一拝

田淵安一 抽象画家 
1951年からパリ在住
1971年コペンハーゲンのアメリカン・エクスプレス社屋(アルネ・ヤコブセン設計)の陶壁画を制作
1985年フランス政府より芸術文化勲章オフィシエを受章



田淵安一 手紙 写真1
田淵安一 手紙 写真2
田淵安一 手紙